認知症になると見られる特徴的な行動と認知症の原因について

 

 

私共の外来にお見えになる患者さんの中に私の母は認知症でしょうか?アルツハイマー病でしょうか?という風な聞き方をなさる方がいますが、アルツハイマー病という病気は認知症の原因になる病気の一つです。認知症というのは脳の細胞の障害によって起こる様々な症状を一群、それらをまとめた症状群とされていて、病気の名前ではありません。認知症は通常は進行性で慢性の病気であるという風に考えられます。通常は、ともうしましたのは最近は治る認知症という概念が出来てきていて、treatable dementiaという英語の訳ですけれども例えば正常圧水頭症のような脳外科の手術で治る病気、あるいは甲状腺機能障害のように内科的治療で治る病気も含めて認知症という風に言いますが、一般的には慢性で進行性で元に戻らない病態を指します。人間は気を失ったり意識が朦朧とするといろんな事が出来なくなりますが、認知症というのは意識がハッキリしているときに精神機能が落ちてくることを言います。その精神機能は記憶や思考や見当識や理解力とか計算力とか様々な範囲に及びます。そういうのを高次皮質機能と言いますが、複数の高次皮質機能が障害されていきます。それと同時に情動の統制、自分の気持ちをコントロールするとか、社会的な活動をするとか、あるいは自分から自分の時間をマネジメントして何かをしようというそういう気持ちが障害されていきます。さらに進行すれば個人的な活動、社会活動だけではなくて、お手洗いに行くとか着替えをするとかそういう個人的な生活活動も出来て無くなっていきます。重要な事は、認知症が脳の障害であるために、脳を侵す病気が原因で起こる病態であるために認知症は必ずしも精神の病気ではないと精神機能だけの病気では無いということです。と申しますのは私達の身体を動かしているのは脳だからです。私達がきちんと立っていられるのは私達の脳がきちんとしているからです。私達が歩くことができるのは脳がきちんと機能しているからです。認知症が起こってくると最初は微細な運動が出来なくなってきます。細かい運動が出来なくなって、例えばとても達筆だった人が子どものような字を書くようになったりあるいはキャベツの千切りの太さが揃わなくなったりという風なことが起こります。やがて大きな髄運動、例えば歩くとか立つとか座るとかそういう動作がスムーズにできなくなっていきます。私の患者さんで何人かエスカレーターで転倒して大怪我をなさった方があるのですけれど、エスカレーターの上を私達は何気なく歩きますけれど、実はあれはかなり発達した脳の機能であって、だからこそ子供達はエスカレーターに乗れるまで時間がかかりますし、エスカレーターというものを見た事が無い大人をつれてくればエスカレーターに乗るのはかなり大変なのです。私達の脳は無意識に自分の歩幅を、自分の歩くスピードをエスカレーターのスピードに乗せて身体を動かしていますけれども、アルツハイマー病のような病気が進行、認知症が進行してくるとそういうことが出来なくなります。だから大人なのにエスカレーターに乗りそこなうとか、降りそこなうという風な事が起こってきます。さらに進行してくると、そもそも立っているという事ができなくなり、車椅子に座った生活になります。もう少し進行すれば今度は食べ物を飲み込むとか、風邪を引いてたんが出た時にそれを吐き出すということができなくなって、誤嚥性の肺炎という、食べ物やだ液が肺にいってしまうために起こる肺炎を繰り返して亡くなるというのが一般的な病気の流れということになっています。国際的な診断基準は認知症というものを次のように定義しています。日常生活の個人的活動、いわゆるADLを損なうほどに記憶と思考の働きがいずれも低下していることが明らかである事。こうした状態が意識生命下に起こり少なくとも6ヶ月は持続していることという風に定義されています。
認知症で起こる記憶障害は多くの場合新しい情報を覚えるという機能が最初に障害されます。進行すると古い記憶も崩壊していきます。同じようにそれと平行して思考や判断力の低下、あるいは思考の流れの停滞ということが起こってきます。物事をスムーズに考えられなくなってきます。そうなってくると、例えば毎月友達と集まってグループで話をしていて、集まってわいわい話すだけで楽しかった、という人が皆の話についていけなくなります。次々話し手が変わる。家で家族でマンツーマンで話しているのなら相手の話になんとかついていくことが出来るんだけれども、5、6人のグループでわいわい言っていると、その話の流れについていけない、あるいは話が変わったということが分からなかったり、自分がどこで何を言えばいいのかということが分からなくなって、そうなると今まで楽しかった友達と会うという機会が苦痛になってきて、そこから遠ざかるという風な事が起こってきます。
認知症という病態は、他の病気と間違えないように鑑別診断といいますが、認知症と診断されましたが治りました、後で他の病気でした、では困りますので、私達が診断をするときにはいくつかの病気と区別するために色んな検査を致します。ひとつはうつ病です。お年寄りのうつ病というのは記憶の障害や計算力の低下などいわゆる認知機能の低下をしてきます。一方で認知症の始まりで抑うつ状態になる方もいるのでこの辺は非常に難しい、専門家でもなかなか分からないことです。私の患者さんでも認知症だと思って治療していて、ちっとも悪くならないから診断に自信がなくなってきて、2、3年したらあることをきっかけにさっとよくなる方があって、そういうことも起こりえますので慎重な鑑別が必要です。それから二番目はせん妄と言われる意識障害です。意識障害とは気を失っているような状態を皆さん思い浮かべるかもしれません、気を失ってくれれば分かるのですが、軽い意識障害だと意識を失っている訳じゃない、ちゃんと起きていろんなことをやっているんだけど、それが全くまとまらないということが起こります。ただしせん妄状態というのは治療して意識が戻ればすぐに元へ戻ってしまいますので、間違えてはいけないということになります。それから私達が困るのはですね、お一人暮らしの方なんかが突然病院に連れてこられたとき、その方の事を知っている人が誰もいないときによく困るのですが、軽い、あるいは中等度の精神発達遅滞、子どもの時から精神発達が遅れている人というのがあります。そういう方が親御さんが元気でいる間は親御さんに守られて別の病院に行くでもなく、普通に生活をしてこられた、それが社会の片隅で親御さんに死に別れて一人残されてある歳になって上手くできなくなって、はじめて福祉の目が入るという風なときにですね、この人がどういう生活をしてきたかが分からないという時に精神発達遅滞と認知症を見分けるのがときどき非常に難しい、ということになります。それから最近は少なくなってまいりましたし、日本は義務教育がしっかりしている国ですが、それでも大正時代に生まれた方などの中にはご家庭の事情で尋常小学校にもきちんと行けなかったという風な方がいらっしゃいます。そういう方の検査をすると、計算は出来ないわ文字は読めないわということも珍しくないんです。したがってそういう生活歴といいますか、その人の育ってきた環境というものの影響を鑑別する必要があります。それからもう一つ、重要な事が、薬物によって医原性といいますが、医学的な関与が原因で認知症のような症状が出る事があります。それは例えば睡眠薬の飲みすぎのようなことは皆さんすぐ思い浮かべるのですけれどもそうじゃなくてもっと当たり前の薬、例えば風邪薬を飲む、でそのために意識の激しい変容を起こして急性認知症のような症状を起こす人がいます。それから血圧の薬でも長い事飲み続けている同じ濃度の薬を飲み続けてきた、で体重はだんだん減っていって、お薬の濃度が上がっていってですね、だんだん血圧が低くなっちゃった。そうすると慢性的に毎日毎日きちんとお薬を飲んでいるためにですね、低血圧でぼんやりして暮らしているというようなことが起こって、その為に認知症と間違えられるというふうなこともあります。
これらの病気を鑑別してそういうものではないという時にいよいよ認知症という診断をするのですが、認知症の原因となる病気というのが、また様々ございます。認知症は脳の神経の細胞が壊れることによって起こる病態だと申し上げましたが、したがって脳の神経を侵す病気、あるいは怪我であればどんなものでも認知症の原因になります。わが国の認知症のお年寄りの認知症の中でも最も多い原因がアルツハイマー病ですが、アルツハイマー病のようなものを変性疾患と言います。脳の神経の細胞が原因はよく分からないんだけど死んでいってしまう病気です。代表がアルツハイマー病、それからレビー小体病、それから若年で起こる前頭側頭変性症という風な病気も認知症を引き起こします。変性疾患と並んで日本の認知症の原因として多いのは脳血管障害です。脳血管障害は脳梗塞や脳出血や、あるいは酷い動脈硬化などで起こってきます。それだけで、変性疾患と脳血管障害で大体8割ぐらいの認知症が説明出来るのですけれども、残りは感染症とかその他の理由ということになります。感染症としてはエイズとか、最近見なくなりましたが梅毒を治療しないで放置すると進行麻痺という認知症の症状が出てきます。それから狂牛病の時に話題になりましたがクロイツフェルトヤコブ病という特殊な病気があって、クロイツフェルトヤコブ病は全てが伝染性ではないのですが、一部にプリオンと呼ばれる感染性の弱い、ケアをしたぐらいでは決して移らないものなんですけれども、プリオンという物質を介して伝染する病気というのがあります。それからヘルペス等々のウイルスによる脳炎、それから細菌による脳炎でも認知症は起こります。その他頭部の外傷、頭の怪我ですね、交通事故のような外傷、それから薬物の乱用、あるいは長い飲酒歴といいますか、アルコール乱用歴のようなものが認知症の原因になります。一方で認知症のような病体を作っても治療可能な病気というのがあって、その中には先ほどご紹介した正常圧水頭症や、甲状腺機能の障害、あるいは脳腫瘍等々があります。いずれにしましても脳というのは非常に柔らかくて弱い組織なので症状が出てきたら早く診断をする、治せるものなら早く治すということが大事です。治る認知症の原因の正常圧水頭症のような手術をすれば治るような病気でも手術する時期を逸してしまうと治らないということになります。