嫁姑のバトルの最後

私の祖母は昔よくあった嫁いびりを母にしていたそうです。
私がある程度大きくなってからは母も強くなったので、私は嫁いびりしている祖母の姿を見たことがありません。
でも、中が悪いことは一目瞭然でした。
食卓は絶対に一緒に囲みませんでした。
母と祖母の会話は必要なことだけで、世間話などしている姿を見たこともありませんでした。
母はよく、祖母にいじめられたことを私に話ました。
でも、私の知っている祖母は優しい老人だったのでまるで物語を聞いているようでした。
そんな母の口癖は、祖母の老後は絶対に見ないという言葉でした。
祖母が年老いたら、施設に入れるか父の兄弟の家に行かせるといつも言っていました。
そんな祖母もさらに年を老いたときに、痴ほう症にかかりました。
そのころには、私は結婚をして子供もいました。
祖母は私の子供を特にかわいがってくれて、いつもいつもけっこい子だってほめていました。
でも、痴ほう症にかかってからは孫の顔もわからなくなったようです。
ただ、ニコニコしているだけでした。
祖母は、いつもおとなしかったです。
座椅子に座って、何をするわけではなくてじっと座っていました。

そのころの祖母を私は座椅子に座っているか、布団で寝ている姿しか見たことがありませんでした。
あんなに祖母のことを嫌っていた母が、かいがいしくとは言えなくても祖母の世話をしているのを見て当時の私は不思議に思いました。
そして、母に聞きました。
母は、不思議なものだけど、あれほど嫌っていたお義母さんでも年をとって子供のようになってしまったら憎くなくなってしまったのといいました。
母には、祖母は子供のように見えるそうです。
圧倒的に強い立場にいる母は、祖母に昔の仕返しをしたらただの弱いものいじめをしている気分になるといいました。
ただ、やはり昔の恨みはあるからこんしん的に世話をする気にはなれないともいいました。
祖母はその後、寝たきりになり施設に入りました。
祖母は認知症になってから、母のことがわからなくなりました。
だからでしょうか、祖母は素直に母にありがとうねっていつも言っていました。
人は死ぬ前はいい人になるって本当ねって母は意地悪なことをいっていましたが、きっと祖母のありがとうって言葉が母を動かしていたのだと思います。
私は、母を正直損な人だと思いました。
でも、それ以上に立派な人だと思いました。
私にもお義母さんがいますが、関係はスープが冷めない距離という感じです。
でも、母のようにお義母さんが年を老いたときに世話をできるかというと自信がありません。
でも、自分の母の苦労は身近で見てきた分安心させたいと思っています。